見出し画像

福祉の働き手について思うこと。迷ったらどちらが正しいかより、どちらが楽しそうか美味しそうかを選ぶ感覚、福祉の仕事にも大切なんじゃないかな。(タガヤセ大蔵 オーナー、まちの大家さん 安藤)

2019年9月より、ほっちのロッヂの訪問看護事業(のようなもの、という表現にとどめておきます)が、一足先に始まります。

この #ほっちのロッヂの始まりファンファーレ201909 は、ほっちのロッヂメンバと普段関わりがあり、それでいて、持論がピリっとおありの方々に、「福祉に関わる働き手」について思うことを綴っていただく試みです。
どんな切り口で語られていくのか、乞うご期待!

(2020年4月、建物の完成と共に始まるほっちのロッヂの全事業開始時にも、このコラムリレーを企画しますので、お楽しみに!ほっちのロッヂメンバ一同より)

はじめまして。
私は世田谷でリノベーションを通じて、住む人同士や地域とのゆるやかな関係をつくる仕事をしています。
ある時、使い手の見つからない「空き家」と家族の「介護と看取り」、生まれたばかりの子どもの「子育て」3つの必要なケアが自分の身に起きたとき、意図せず、古い木造賃貸アパートをリノベーションして地域に開いた介護施設「タガヤセ大蔵」をつくることになりました。(ほっちのロッヂ共同代表の)聡子さんとはその時に会いに来てくれたのがご縁になります。福祉の働き手について思うことを書いてほしいとのことでしたので、自分の小さな体験から感じたことをすこしだけ書いてみたいと思います。

「福祉ってなんですか」

突然ですがみなさんに質問。

「福祉という言葉、ひとことで説明できますか?」

介護、障がい、子育て、シングルマザー、それぞれに思いつくことがあると思います。どれも間違いではないけれど、当事者のこと、どれもじぶんにとっては遠い存在、そんな人も多いのではないでしょうか。
はい、私もそうでした。
タガヤセ大蔵を企画していたとき、様々な先駆的な事業の見学をさせていただきました。ある時小金井に同じような木造のアパートを改装して、保育と介護と地域の寄り合い所にしている場所を見つけました。早速アポイントをとり訪問、「地域の寄り合い所また明日」という場を運営している森田ご夫妻にお会いしたときお二人は、私にこの質問をしました。
当然答えられない私(せっかくなので皆さんgoo○le検索してみてください、最初に出てくる言葉)
森田さん「福という字も祉という字も意味は同じなんです、どちらも幸せや豊かさという意味。介護や保育というと関係ない人がいるでしょ、でも福祉が幸せなら関係ない人はいないですよね。」
いまでも雷に打たれたような感覚を覚えています。
福祉の働き手って一体だれのことを指すのでしょうか。

「日常は忙しい」


紆余曲折ありながらも、タガヤセ大蔵ができてもうすぐまる5年が経とうとしています。私の家族の介護のチームがそのまま空き家の活用チームになり、お互いが取れるリスクを取り合い、場を作りました。プロジェクトが始まる前は特別養護老人ホームと有料老人ホームの区別もできない私が片言の言葉でコミュニケーションし学びつつ現在があります。そんな時出会った言葉に「地域包括ケア」がありました。ひとりひとりの自分らしい暮らし方や生活支援、医療や予防分野との連携、自助・互助・共助・公助(言葉の専門性は他の方に任せるとして)素晴らしい思想だなとおもう反面どこかモヤモヤした気持ちも持ちました。
現場で働く人の一日はとても忙しく、介護家族との契約を前提とした約束、朝夕の送迎、個別性を重視した対応、利用者との調理、事務作業、翌日の準備…どこに地域での協力者集めや場所の周知、多様な人との連携ができる余裕があるのでしょうか、なるほどーだから介護施設に用のない人がくるわけがない。
「地域」っていったいどこですか?

「3つのFをもちよる」


コミュニティの持続のためには3つのFが大切という話があります。
「Fun」「Food」「Friend」
どんなに正しい姿があったとしてもそれだけで純粋に動ける人はごく少数です。
私達も日常、どんな人と過ごすかや、どこで過ごすか、どんなものを食べるか、無意識にも好き嫌いや、居心地で選んでいると思います。私は介護職の専門家ではありませんが、空間はどうしたら居心地が良いか、地域のどんな人に紹介したらいいか、どうしたら美味しいものが食べれるか、そんなことならできるかも、そう思うようになりました。もともと私は家族が面積こそ少しになってしまいましたが都市農家でしたので畑の野菜が収穫できる、近くの団地には妻の両親が暮らしており団地のおばあちゃんたちにはアクセスできる。場の活用に興味がある人なら連れてこれる。
仕事を通じて美味しいもの(Food)が食べられて、仕事を通じてたくさんの知り合い(Friend)ができ、仕事も個人も皆に大切にされてやりがいを感じて楽しい(Fun)、そんな仕事であれば「あの人達のように働きたい」という循環がうまれるのではないでしょうか。

まぁ5年たった今となっては多様な人との繋がりができ、私の出る幕もなくなりました。「送迎車ですれ違う街の人が手を降ってくれるんですよ」そう話してくれたとき、ちょっと泣きそうになりました。

「変えると変わる」


「変えると変わる」

高齢者が増え社会保障費の負担が増える日本、行政もたくさんお金を使いなさいとは絶対言えません、今のままではいけません、「変えなさい」。
実際にとても素敵な事業をする方もたくさんいて、日本中がこんな風になればとてもすてきだなと思う反面、その事業が、運営する人たちの強烈な想いに支えられている場面にも出会いました。財政面、地域や暮らしとの分断、人手不足、あり方、私も今のままで良いとは思いません。でも、社会を変える、福祉を変える、地域を変える、そんな言葉が飛び交う昨今、本当にそうかなぁ、他人のことは変えたいのに、自分は変えられたくないのではないだろうか…(自分にも当てはまりすこし落ち込む)。Changeよりひとが思わずやりたくなってしまうこと、気がついたら立っている場所が変わっていたShiftにならないかなぁ。
ある時、近隣でひとり暮らしをしていたおばあちゃんが喫茶店と間違えて入ってきて、そのままボランティアとして関わってくれることがありました。結果的には一番いい喫茶店ができましたって(そこまで設計してはいないのですが…)。

「いかしあうつながり」


タガヤセ大蔵の2階には地域のお母さんが開いた子供の創作アートのアトリエがあります。関わる人でお金を出し合ってリノベーションしました。一般的に個人が居場所をつくる場合、たくさんの資金があることは稀で、あるものでやろうとすれば下階への騒音にも配慮しながら、床はビニール製、壁も白いまま、でもせっかく子どもたちが集まるのだから無垢の床がいいよね、みんなで美味しいご飯が食べられるようオーブンがあったほうがいいよね、予算許される範囲で素敵な方がいいよね…。いまはアトリエに通う子どものお母さん(和菓子職人さん)が下の階で和菓子を一緒作ったり、音楽を演奏したり。
子育ても介護もアートも空き家も畑もそれぞれはすでに地域にあるもの、それをいかし合うように再配置する。子どもが2階で騒いでも騒音にはならない。それぞれに、やりたい人がやりたいことをやりたい時に、いつもは別々だけれど必要なときにつながれて、愛がある。薬をつかって虫を寄せつけない農業もあるかもしれないけれど、トマトにはバジルを一緒に植えてもいい、迷ったらどちらが正しいかより、どちらが楽しそうか美味しそうかを選ぶ感覚、福祉の仕事にも大切なんじゃないかな。

「介護の仕事がしたいのではない」


そんなこんなをしていると人前で話す機会をくださるときがあります。人によっては空き家にお金使うなら違うことに使ったらどうだとか、地域の高齢者を集めるのは青田買いじゃないか、あなたが代表の介護事業をしないのか、などご意見をいただくこともあるのですが、ある時、手を上げてくださった方が「私、介護事業所で働いているのですが、お話を聞いてあらためてよくわかりました、介護の仕事がしたかったのではなく、福祉の仕事がしたかったのです。ありがとうございました。」なんだかとても嬉しい気持ちになりました。

「Calling」


私ははじめて会ったときから、聡子さんを応援しています。
これからはじめるほっちのロッヂ、周囲の不理解や、価値観の違い、資金面や人のつながり、困難なことも多いかと思います。でもきっと聡子さんが大切なことを大切にする姿勢にひとは心動かされるのでしょう、頑張らず楽しんでくださいね。天職を英語でなんというか知っていますか?

正解は「Calling」

そうそう聡子さん、ついこないだ福沢諭吉さんもこんなこといってましたよ。
「昔年の異端妄説は今世の通論なり、昨日の奇説は今日の常談なり。然らば即ち今日の異端妄説もまたかならず後年の通論常談なるべし。学者宜しく世論の喧(かまびす)しきを憚(はばか)らず、異端妄説の譏(そしり)を恐ることなく、勇を振て我思う所の説を吐くべし。」
なんてね。


書き手:安藤 勝信
1975年世田谷生まれ 一児の父 世田谷と千葉県いすみ市の2拠点居住 天然酵母でふくらんでくれないパンをつくるのが楽しい、職業はまちの大家さん